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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)2531号 判決 1987年5月28日

原告

須山孝司

被告

株式会社関東マツダ

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、各自三八五万円及びうち三五〇万円に対する昭和五九年三月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告その余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを七分し、その六を原告の、その余を被告らの各負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告らは、原告に対し、各自二三七八万円及びうち二一六二万円に対する昭和五九年三月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  本件事故の発生

原告は、昭和五九年三月五日昼すぎころ、友人である訴外石野和彦(以下「石野」という。)が所有する乗用車(マツダフアミリア一五〇〇cc)に乗車していたが、エンジンルーム内で異音がしたこと、及びカーステレオの調子が悪かつたため、この車の購入先である被告関東マツダ株式会社(以下「被告会社」という。)の石神井公園マイカーランドに立ち寄り、点検を依頼した。

そこで、右マイカーランドの所長である被告照井浄一(以下「照井」という。)が点検を行うことになり、同被告は、地上から自動車の運転席に身を乗り入れ、横座りの姿勢でカーステレオを操作していたが、突然同被告がエンジンスイツチを操作し、エンジンを始動させたため、この時トランクルームを開けて石野とともにフアンベルトを点検していた原告の右手ひとさし指をフアンベルトとクランク・プーリーの間に巻き込み、よつて原告に対し、右手ひとさし指(指骨の一部を含む)約一センチメートルを切断する傷害を与えた。

2  被告らの責任原因

(一) 被告照井は、故障車を点検するため車のエンジンを始動させるに際しては、周囲の者に危険を及ぼさないように十分注意すべきであるのに、これを怠り、かつ、漫然とカーステレオの点検に必要でないにもかかわらずエンジンを始動させた過失があるから、同被告は、民法七〇九条により本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。

(二) 被告会社は、被告照井の使用者であり、本件事故は同被告が被告会社の事業の執行中に発生したものであるから、被告会社は、民法七一五条により本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。

3  損害

(一) 逸失利益

原告は、前記傷害の治療のため約六か月通院したが、右手のひとさし指の用を廃する後遺症が生じ、これは自動車損害賠償補償法施行令二条後遺障害別等級表において第一一級に該当するものであつて、その労働能力の二〇パーセントを喪失した。

したがつて、原告は、昭和三七年五月二四日生まれの健康な男子で、本件事故に遭わなければ、六七歳までの四五年間働き、この間、少なくとも男子一般の収入があるはずであつたから、昭和五九年賃金センサス第一巻第一表、産業計、企業規模計、小学・新中卒の男子労働者平均賃金の年間合計三六八万五六〇〇円を基礎として前記労働能力喪失割合を乗じ、同額から(ライプニツツ係数一七・七七四〇)により中間利息を控除して、後遺症による逸失利益の事故当時の現価を求めると合計一三一〇万一五七〇円となるので、原告はこのうち一三一〇万円を請求する。

(二) 慰謝料

原告は、中学卒業後写真家になることを志し、本件事故当時は千代田区の東京写真専門学校を卒業し、ここで有給の助手として勤務しており、その後現在まで同区内の水中写真雑誌の出版社にカメラマンとして勤務している。

しかし、前記後遺症によつて、右手ひとさし指を用いてシヤツターを押すなどの操作をすることが全く出来なくなり、カメラマンとしては重大な障害をもつことになつた。そのうえ、日常生活においても苦痛および不自由を余儀無くされている。原告が本件事故による受傷および後遺症のために被り、また、将来被るであろう精神上の苦痛に対する慰謝料は八五二万円が相当である。

(三) 弁護士費用

原告は、本訴の提起と遂行を原告訴訟代理人らに委任し、その報酬として請求額の一割を下らない額を支払うことを約したから、その額は二一六万円を下らない。

4  よつて、原告は、被告らに対して、各自損害賠償金二三七八万円及びうち弁護士費用を除く二一六二万円に対する本件事故発生の日の翌日である昭和五九年三月六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の前段は日時を除き認める。同1の後段のうち、被告照井が石野所有の自動車の点検を行つたこと、原告が右手ひとさし指をフアンベルトとクランク・プーリーの間に巻き込んだことは認めるが、その余は不知ないし否認する。

2  同2は否認する。原告は、被告照井が自動車のカーステレオを点検中、不用意にフアンベルトの下に指を入れるという行為をしたことによつて本件事故が発生したのであるから、本件事故は、原告の一方的不注意による自損事故であつて、被告らに全く責任がない。

3  同3は否認する。

4  同4は争う。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1の前段は日時を除いて当事者間に争いがなく、また、同1の後段のうち、被告照井が石野所有の自動車を点検したこと、原告が右手ひとさし指をフアンベルトとクランク・プーリーの間に巻き込んだことも当事者間に争いがない。

そして、成立に争いのない甲第一号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる同第二号証の一ないし三、同第四号証と原告本人尋問の結果によれば、原告は、右手ひとさし指をフアンベルトとクランク・プーリーの間に巻き込んだことにより右ひとさし指先切断の傷害を負い、昭和五九年三月四日から同年六月二八日まで櫻井病院に通院(実治療日数一九日)して治療を受けたが、右ひとさし指切断のまま症状が固定したことが認められる。

二  そこで、被告らの責任について判断する。

1  成立に争いのない乙第一号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第三号証、証人石野和彦の証言、原告及び被告照井各本人尋問の結果並びに前記の当事者間に争いない事実を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  昭和五九年三月四日、石野がその所有の自動車を運転し、原告を同乗させて、被告会社石神井公園マイカーランドに赴き、エンジンルームに異常な音がすることと、ステレオの調子が悪いことを訴えて、右自動車の点検を依頼した。

(二)  そこで、被告照井は、ボンネツトを開けて点検したところ、異音の原因はフアンベルトのゆるみと判断したが、そのことを右自動車の傍で点検作業を見守つていた石野や原告に告げず、かつ、のちほどその修理をする必要があつたため、ボンネツトを開けたままにし、しかも原告らにトランクルーム内に触れることのないよう注意することもなく、次のステレオの点検作業にとりかかることにした。

(三)  そして、被告照井は、右自動車の左ドアを開けて助手席の方から車に身体を乗り入れて手をのばし、顔を下に向けた状態で差し込んであつた自動車のキーを操作することとし、まずこれをOFFの状態から右に廻してACCの状態にしたが、ステレオが作動しなかつたので、更にONの状態にすべく右に廻したところ、誤つて廻しすぎてSTの状態になつてしまつたため、スターター・モーターが廻りエンジンが始動してしまつた。

(四)  他方、原告は、被告照井がボンネツトを開けたまま、助手席側から身体を自動車に乗り入れてステレオを点検していたので、この間に自らフアンベルトを点検しようと思い、自動車の前付近に近寄つて右手をフアンベルトの横から差し入れてこれを上下に振つていたところ、被告照井が前記のようにキーの操作を誤つてエンジンを始動させたため、右手ひとさし指をフアンベルトとクランク・プーリーの間に巻き込み、右手ひとさし指の先を切断された。

以上認定に反する原告及び被告照井各本人の供述部分は措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右認定の事実によれば、被告照井としては、ボンネツトを開けたまま、ステレオを点検するようなことをすれば、自動車の傍で興味をもつて点検作業を見守つていた原告らも異音の発生個所とみられるフアンベルトのゆるみを自ら点検するようなことも予想され得たのであるから、ステレオを点検するに際しては、キーの操作を誤つてエンジンを始動させることのないように注意すべき義務があつたというべきであるのにかかわらず、これを怠り、不用意にキーを操作し、誤つて本来ステレオの点検に全く不必要なSTの状態にまでキーを廻してエンジンを始動させてしまつたのであるから、原告が前記のような傷害を負つたことに過失があるというべく、被告照井は、民法七〇九条により本件事故によつて生じた損害を賠償する責任があるものといわざるを得ない。

また、被告照井本人尋問の結果と弁論の全趣旨によれば、本件事故は、被告会社の被用者である被告照井が被告会社の業務の執行中に生じせしめたものと認められ、右認定に反する証拠はないから、被告会社は、民法七一五条により本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任があるというべきである。

三  進んで、原告の被つた損害について判断する。

1  逸失利益

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第六、七号証に原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和五八年三月高校を卒業して後二年間の写真学校を終え、本件事故当時は東京写真専門学校に勤務し、昭和五九年度に一八一万八九三九円の収入を得ていたこと、その後原告は株式会社水中造形センターに勤務するようになつて現在に至つているが、昭和六〇年一一月から同六一年一〇月までの一年間に二三一万八八八四円の収入を得ていて本件事故後収入が減少していないことが認められるほか、前掲証拠によれば、原告の後遺症は右手ひとさし指先のわずかな切断であつて到底ひとさし指の用を廃したものとは認められないことなどの諸事情によれば、原告は、将来右後遺症によりどれほどの収入減を来すかを確定することができず、したがつて逸失利益の損害を認めることができないが、なお経済的損失を受けるであろうことが予測できなくはないから、この点は慰藉料算定にあたり斟酌することとする。

2  慰藉料

前記認定の原告の傷害の部位、後遺症の内容、程度、通院期間のほか前記原告の将来の経済的損失、本件事故の態様など諸般の事情を総合勘案すれば、原告に対する慰藉料としては三五〇万円をもつて相当と判断する。

3  弁護士費用

本件事案の内容、審理の経過、認容額等諸般の事情を総合すると、原告が本件事故と相当因果関係のある損害として支払を求めることができる弁護士費用の損害は三五万円とするのが相当である。

四  以上によれば、原告の被告らに対する本訴請求は、三八五万円及びうち弁護士費用の損害を除く三五〇万円に対する本件事故発生後の昭和五九年三月六日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを正当として認容するが、その余は理由がないから失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 塩崎勤)

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